漣(さざなみ)農業日記

農業によせるさざなみから自分を考える

今押し寄せる波は、さざなみなのだろうか、荒波なのだろうか。

思い出された降雹被害

 あれは、昭和53年の7月だったと記憶している。先輩の普及員と二人で現地に出かけた。バラバラバラと突然ものすごい音がした。車に何か当たる音である。しばらくして、その原因は雹だとわかる。通常、変わりやすい天候が多いのは、5月ころで、7月の降雹は珍しい。これは大変だと思い、急いであるナシ農家に急行した。すると家族全員が空を見上げて、呆然と佇んでいる様子。声をかけても返事はない。
 続いて、当時先進的な取り組みをされている農家で、鳥の被害だけでなく、強風や降雹も防ぐ多目的防災網を梨畑にすっぽりかけていたので、その様子を見に行く。行ってみると、その網の上にげんこつ大の雹がどっさり落ちていて、網がたわんでいる。雹の恐ろしさと網の効果が絶大だということを学ぶ。この降雹では、白井市の農家のナシの木の皮がはげて、数年は回復不能という話も聞いた。その後、農家では、金額の張る多目的防災網の普及が進んだという記憶がある。

 毎年ナシの時期になると、昔お世話になった鎌ヶ谷市のナシ農家から、親しい方にナシをお送りしている。今年もまたその農家の方にお願いの電話をしたがその中で、今年の6月、市川市中心に被害があった降雹について話題になった。自分はこのニュースをテレビなどで見たが、ほとんどの農家は防災網を設置しているという感覚を持っていたのでそれほど心配していなかったが、その方の畑もまた被害に遭ったということ。なんと網は防鳥網だけしかかけていなかったらしい。話をよくよく聞いてみると、設置費用が高額なため、網の目の細かい防災網をかけている人は少ないらしい。さらに降った雹の大きさをきいてみると、40数年前、自分が目にした雹の大きさとほとんど同じように思えた。

 最近は、天候不調が当たり前となり、いわばその中で、年に一度しか収穫できない果物の生産にとってその対応は不可欠だと感じている。