漣(さざなみ)農業日記

農業によせるさざなみから自分を考える

今押し寄せる波は、さざなみなのだろうか、荒波なのだろうか。

市民と共存する農業

染谷農場とさんち家(H.Pより)

 柏市の染谷さんに「漣」への執筆をお願いしたのは、福島の原発事故から2年を過ぎた2013年9月で、染谷さんが15名の農業者とともに、農産物直売所「かしわで」をスタートさせて、もうすぐ10年がたつという頃でした。
 順調だった直売所経営がリーマンショックの影響で月間売り上げが前年度割れとなり、残留農薬の検出問題により一時営業を休止するなどの過程を経てようやく立ち直りかけた2011年春、福島原発事故で発生した放射能が風の関係で柏市上空を襲い、ホットスポットになったというニュースが流れました。これに対し、市民の反応は思った以上に敏感で、柏市内で生産される農産物が一部で敬遠されるようになってきました。そこで「かしわで」では放射線の簡易測定器を用意して農産物の放射線量を測定し、市民との円卓会議で確認された基準値以内のものを出荷するという体制を整えて、販売に努力しましたが、風評被害はなかなかおさまらず、売上は3割減という状況になり、はじめての赤字決算となりました。そこで、2012年に有識者、行政、消費者の代表で組織する「安心・安全プラン推進委員会」の組織化を提案し、市民と共同したネットワークを作り上げました。委員会からの「農業者自身が放射能についての知識を持つことが大切である」の提案を受けて、「かしわで」は生産者を対象にした研修会も実施しました。

 先日染谷さんをお訪ねし、このような組織内での取り組みと市民との連携の形が今はどうなっているのかについてお聞きしました。「かしわで」の構成員数は1名減少し14名となり、出荷者数は以前と同様の200名ということで、規模に大きな変化はありません。しかし、内容的には大きく変動しているようです。現在、放射能をはじめとした「安心・安全農産物」の提供に関わる問題は克服され大きな問題とはなっていませんが、近隣スーパーに産直コーナーが作られることで、消費者だけでなく、生産者もこれに大きな影響を受けているようです。農産物直売所の基本的な約束事として、売れ残ったものは生産者が持ち帰るということがあります。しかし、スーパーの場合は、全て引き取り、価格を下げても売り切るという体制です。スーパーのバイヤーらしい人を店内でよく見かけますが、商品をチェックして、後日、個別に生産者に当たっているようです。そのせいか生産者は午前中に「売れ残らない量だけ」かしわでに出荷するようになっているようになって、午後の品ぞろえに問題がでてきています。

 放射能風評被害に対して、直売所組織として一定の対応をしてきた「かしわで」では、その波が静かに引いていくにつれて、「風評被害対策」のような後ろ向きの対応ではなく、もっと前向きの対応をしていこうということになり、女性の出荷者を中心に、店のパートさんをまじえて、「ハッピーテーブルクラブ」という組織をたちあげました。当初は地元野菜のレシピを作り、イベントなどで食べてもらうという形でしたが、年に数回のイベントでは意味がないという形で話しが発展し、2016年にレストラン「さんち家」をオープンさせました。「さんち」は産地のものをつかうという意味だけでなく、「〜さんちの」という意味を含んでいるようです。このレストランは、パートさん中心に運営されているため、営業時間は「11時〜3時」の4時間で、地元野菜が中心のレストランなので「肉や魚を使わないメニュー」での提供らしいです。コロナの前は1日4時間でお客さんが270〜280人来ていたということです。

 このように、「かしわで」には、放射能問題以降、さまざまな新しい風が吹き始めました。しかし、染谷さんは今後国の食糧確保に関して大きな危機感を持っています。一番感じているのは農業者の減少です。染谷さんが現在耕作している水田の地主あるいは地主だった人の数は350件だそうです。「これだけの人が農業から離れている」といいます。
 さらに「台地も荒れてきた。もう畑作は出来なくなってきており、トラクターにも乗れない人がでてきている。できるだけそういう方の役に立とうと思うが限界にきている」という話しです。「国は規模の小さな農家を減らして大きな農家に集めると言うが、減少する農家の数が予定した人数で終わればいいが、そうはいかない。安定した食糧確保のためには、もっともっと人が必要なのだ。」こう染谷さんは訴えています。大規模農業を実践している染谷さんからこういう話しがきけて、とても嬉しくなりました。
 直売所は、生産者の楽しみであるだけでなく、生産者と消費者がじかに触れ合える大切な場所だといいます。放射能の問題で、消費者とのいいルートもできました。さらに交流事業にも積極的に参加し、栄養士をはじめ学校関係者との連携も強まっています。誇りをもって営農する農業者が増えることを染谷さんとともに祈りたいと思います。