漣(さざなみ)農業日記

農業によせるさざなみから自分を考える

今押し寄せる波は、さざなみなのだろうか、荒波なのだろうか。

君も経営者・・・・経営の中から課題を見つける

 プロジェクト学習は確実に農業者として自立する道を用意しますが、この手法の活用初期に比べると、「何を課題として取り上げるか」はずいぶん変化してきています。往時は、親が取り組む農業技術を中心に、青年たちがいかにそこへ近づくかという部分に焦点があてられたため、学習の課題も、経営全体から見れば部分的なものにならざるをえないものでした。
しかし、その後、就農する青年の学歴も高くなり、学習能力や意識のレベルアップが図られてきました。就農時点での問題意識も変化して、自己経営全体から問題を発見し、それを自らの学習課題とすることが多くなってきています。
ここで思い出されるのはT君のプロジェクト学習です。彼は千葉県農業大学校を卒業し、すぐに就農し同時に、スタート間近の酪農ヘルパー組合の常勤作業者としても働き始めました。家の作業をしながら、市内各地の酪農家の牛舎を回り、その中でさまざまなことを感じたのではないでしょうか。また、自分の経営と他人の経営を比較し、客観的に自己経営を評価する目も養われたのではないかと思います。

   プロジェクト学習にとりくんだ動機について、彼はこう述べています。

   現在、酪農には受精卵移植という高度な技術が取り入れられ、注目を集めています。しかし私はまったくといっていいほど、そのことには興味がありません。なぜなら、何事も基礎がしっかりしていなければある程度までできてもそれ以上の進歩が望めないと思うのです。そこで私は基礎づくりのためにまず自分の経営を知ることが大切だと思い、このプロジェクトを行うことにしました。 (メモリー 普及活動レポートより)。

    彼は、家で飼養している乳牛の能力がどの程度なのかを知り、それをもとにランク付けして改良を進め、全体のレベルアップをすることを目標にプロジェクト学習を開始しました。乳牛管理カードに記帳し、繁殖、疾病の記録を記入するとともに、毎月1回の乳量測定を行い、その結果を整理して個体別に泌乳曲線をつくり、飼養する乳牛をAからDまでランク分けしたのです。結果についての考察と今後について次のように述べています。

① 空胎日数と初回受精日数が牛群検定目標よりも短かったのは、今年の私の目標として、発情を見つける練習のために、分娩後早め早めに種付けをしたからだと思える。

② 個体別の泌乳曲線を見ると、Dランク牛の4頭は乳房炎後、乳量が減っている。それ以外の牛の泌乳曲線を見ると、分娩後、泌乳最盛期後に急激な乳量の低下がみられる。この原因として考えられることは、乳量が急激に減少している時期に牛が食滞を起こしていることなどから、飼料給与になんらかの問題があることが考えられる。

③ 普通、乳量を多く搾るパターンとして、分娩後60日くらいに泌乳最盛期を持っていくのが良いと言われている。しかし我が家では30日くらいに泌乳最盛期と同じ量のエサを与えてしまっているのに問題があると思われるため、今後は分娩後60日前後を目安に泌乳最盛期がくるように、飼料給与量を調整したいと思う。

④ 次に、一般的に乳量を多く搾る牛は分娩後の種付けを遅くするという考えの人がいるが、私の考え方としては、牛は子供を産まなければ牛乳は出ないということを前提とした一年一産型を目標としているので、繁殖課題としていきたい。

⑤ Dランク牛については、Dランク牛のすべてが乳房炎をやっており、しかもみな起立時の乳頭の損傷が原因となっている。起立時の事故は50%は牛の起立のしかたに原因があり、あとの半分はツメの長さ、乳頭の長さといったことが原因だと思える。あとの50%の方は削蹄したり、ブラジャーをつけることによって解決していきたいと思う。

⑥ 酪農家の中には乳房炎をした牛は体細胞が増えるから淘汰する、または三本乳は搾乳が面倒だから淘汰してしまうというような方も多いですが、我が家はまだ基礎作りの段階なのでなによりもまず、牛をそろえることを先決にしているということを最後にいって、プロジェクトの発表を終わりにしたいと思います。(メモリー 普及活動レポートより)

 実にみごとに、自分の経営を分析し、今自分自身がやれることは何かについてまとめていると思いませんか?

 今まで、酪農経営は乳価が安定していることから、経営改善の課題は、生産性を高めることに主眼が置かれてきており、T君のプロジェクト課題は、そのような情勢にマッチし、経営全体の成果を高めることに大きな成果があったと思います。しかし現在、ウクライナ戦争の影響により、もととなる飼料費が高騰し、また生まれる子牛の価格はタダ同然というニュースが流れ、離農される酪農家が激増しているというニュースが流れています。青年たちが「農業」という職業に腰を据え、自身を高めるためのプロジェクト学習にしっかりと取り組めるよう、本腰を入れた政策支援が必要です。今まで大地を守ってきた農家の悲鳴が聞こえてきます。

 また、T君の経営は大型経営ではなく、家族労働力を主体にした経営です。数年前、久しぶりに彼の牛舎をたずねてみました。配偶者の方と一緒に元気に作業中でしたが、声をかけてみました。彼も年齢は今や50代で、地域の中堅酪農家として頑張っているようでした。しかし、この中で、ショッキングな話を聞きました。ある日、作業中に牛舎内でバッタリ倒れ、救急車で病院に運ばれたそうです。年間10万人に1~2人発症するギラン・バレー症候群ということで、末梢神経に力が入らないという病気だそうです。彼の経営は、かなりの部分、彼自身が担っていましたので、そのときの経営対応はどうされたのでしょうか。

農業経営の多くは家族労働力が主体で、このようなリスクを常に抱えています。一つの経営の中で継続がスムーズにいくだけでなく、地域の助け合いが必要だと考えます。